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執筆者の写真Bun(ブン)

松井常松〜シンプルな作業を神技にまで昇華させた男〜

松井常松というベーシストをご存知でしょうか。


ボーカルに氷室京介さん、ギターに布袋寅泰さんがいた

伝説のバンド「ボーイ」のベーシストです。




※https://www.matsuitsunematsu.com より



松井さんの弾くベースフレーズは極めてシンプル。



曲の展開が無い限り(コードが変わらない限り)、

松井さんは「たった1音」をただひたすらに刻み続けます。


ベースで音階を操るには左手を動かすんですけど、

松井さんは「同じ音」を続けるので左手がほとんど動きません。


そして右手ではベース音を等間隔で出しています。



左手にも右手にも「変化」が無いので、

松井さんのベースプレイは一見すると簡単そうに見えるんです。



松井さんの凄さは、右手にあります。


松井さんはダウンピッキングという奏法の名手。

ダウンピッキングとは、

腕が上から下へ行く時「だけ」ピックという道具を弦に当てる奏法。


だから腕が下から上へ行く時はピックを弦に当てない。


下から上へ行く時にもピックを弦に当てる

「オルタネイト」という奏法があるんですけど、

松井さんはオルタネイトさせずにずっとダウンピッキング。

ダウンピッキングよりもエコな奏法だけど、

松井さんはオルタネイトしない。


ダウンピッキングのメリットは、

ベース音の輪郭は揃いやすくなるので疾走感が出る所です。


松井さんほどの名手になると、そのベース音にはまるで

「跳ね馬が湖面を駆け抜けるような瑞々しさ」をも感じます。



「腕の上下1往復」において1回しか音を出せない

ダウンピッキング、


1往復で音を2回出せるオルタネイト。


単純計算しても、ダウンピッキングはオルタネイト

の二倍の労力が必要です。


驚くべきは、曲のテンポがどれだけ速かろうが、

松井さんはずっとダウンピッキングな所です。


例えば僕なんてテンポがある程度の速さの曲は

迷わず(効率的な)オルタネイトに切り替えます。

右手がしんどすぎるからです。


「ONLY YOU」とかダウンピッキングで通すのなんてマジ無理っすよ。



極め付けは、松井さんのベースソロ。


ベースソロって黒子がスポットライトを浴びる、

ある意味では「ここは俺の居場所だ」、

「俺はこんな人間だ」を明確に発信できるチャンスなワケです。


だから、ベースソロコーナーでは

普段お披露目できない演奏をする人もいるし、

僕だったら多分ステージを動き回る。


松井さんは、そうじゃない。


松井さんは、ベースソロでもダウンピッキングを続けます。


「WORKING MAN」という曲です。


いや、これむしろベースソロだからこそ

「いつもの」ダウンピッキングをしてるのかもしれない。


なんというかベースソロという自己紹介コーナーにおいて、

「これが俺だ」をこれ以上主張してるベースソロって

世界のどこを見渡しても他にいない。


超絶テクニックだとか、


歌メロのようなフレーズだとか、


お客さんをあおるとか、


そんなんじゃなく、


ただいつものように直立不動で

「たった1音」をひたすら刻み続けることで「俺」を見せる。


松井さんのこのベースソロを見るだけでも

チケット代以上の価値を感じます。


松井さんは「たった一つの」「シンプルな作業」を

「誰にも真似させない領域」にまで引き上げ、

自分のアイデンティティにすらした。


シンプルな作業を神技にまで昇華させた。


そしてそれが、とびっきりカッコいい。


全く面識はありませんが、そう思うんです。


~~


僕が初めて松井さんを見たのは、

取り柄の無さと不器用さがコンプレックスだった子供の頃、

家族でボーリング場へ行った時。


100円入れると好きなミュージシャンのビデオが流れるアレです。


お客さんを煽る氷室さん、


動き回る布袋さん、


満面の笑みの高橋さん、


そんな「訴求力」の高いお三方の中でただ一人、

直立不動で「何もしてない人」がいた。


「ただつっ立ってるだけなら俺にでも出来るんじゃねぇか?」


そんな感違いをきっかけとし、

僕はその年のお年玉を使って2万円の通販ベースを購入します。

初めて買った楽譜は勿論ボーイ。


初挑戦したのは「Dreamin」。


左手がほとんど動かない曲だった。


ダウンピッキングの存在すら知らなかった当時の僕は、

下っ手くそなオルタネイトでDreaminが弾けた気になった。


「ベースって簡単じゃん」


この、「つっ立ってるだけの簡単な作業」という感違いから、

かれこれ僕はベースという楽器を弾き続けて来年で24年目に突入します。

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