松井常松というベーシストをご存知でしょうか。
ボーカルに氷室京介さん、ギターに布袋寅泰さんがいた
伝説のバンド「ボーイ」のベーシストです。
※https://www.matsuitsunematsu.com より
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松井さんの弾くベースフレーズは極めてシンプル。
曲の展開が無い限り(コードが変わらない限り)、
松井さんは「たった1音」をただひたすらに刻み続けます。
ベースで音階を操るには左手を動かすんですけど、
松井さんは「同じ音」を続けるので左手がほとんど動きません。
そして右手ではベース音を等間隔で出しています。
左手にも右手にも「変化」が無いので、
松井さんのベースプレイは一見すると簡単そうに見えるんです。
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松井さんの凄さは、右手にあります。
松井さんはダウンピッキングという奏法の名手。
ダウンピッキングとは、
腕が上から下へ行く時「だけ」ピックという道具を弦に当てる奏法。
だから腕が下から上へ行く時はピックを弦に当てない。
下から上へ行く時にもピックを弦に当てる
「オルタネイト」という奏法があるんですけど、
松井さんはオルタネイトさせずにずっとダウンピッキング。
ダウンピッキングよりもエコな奏法だけど、
松井さんはオルタネイトしない。
ダウンピッキングのメリットは、
ベース音の輪郭は揃いやすくなるので疾走感が出る所です。
松井さんほどの名手になると、そのベース音にはまるで
「跳ね馬が湖面を駆け抜けるような瑞々しさ」をも感じます。
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「腕の上下1往復」において1回しか音を出せない
ダウンピッキング、
1往復で音を2回出せるオルタネイト。
単純計算しても、ダウンピッキングはオルタネイト
の二倍の労力が必要です。
驚くべきは、曲のテンポがどれだけ速かろうが、
松井さんはずっとダウンピッキングな所です。
例えば僕なんてテンポがある程度の速さの曲は
迷わず(効率的な)オルタネイトに切り替えます。
右手がしんどすぎるからです。
「ONLY YOU」とかダウンピッキングで通すのなんてマジ無理っすよ。
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極め付けは、松井さんのベースソロ。
ベースソロって黒子がスポットライトを浴びる、
ある意味では「ここは俺の居場所だ」、
「俺はこんな人間だ」を明確に発信できるチャンスなワケです。
だから、ベースソロコーナーでは
普段お披露目できない演奏をする人もいるし、
僕だったら多分ステージを動き回る。
松井さんは、そうじゃない。
松井さんは、ベースソロでもダウンピッキングを続けます。
「WORKING MAN」という曲です。
http://youtu.be/DAgB0ly1MSk ※1:01~
いや、これむしろベースソロだからこそ
「いつもの」ダウンピッキングをしてるのかもしれない。
なんというかベースソロという自己紹介コーナーにおいて、
「これが俺だ」をこれ以上主張してるベースソロって
世界のどこを見渡しても他にいない。
超絶テクニックだとか、
歌メロのようなフレーズだとか、
お客さんをあおるとか、
そんなんじゃなく、
ただいつものように直立不動で
「たった1音」をひたすら刻み続けることで「俺」を見せる。
松井さんのこのベースソロを見るだけでも
チケット代以上の価値を感じます。
松井さんは「たった一つの」「シンプルな作業」を
「誰にも真似させない領域」にまで引き上げ、
自分のアイデンティティにすらした。
シンプルな作業を神技にまで昇華させた。
そしてそれが、とびっきりカッコいい。
全く面識はありませんが、そう思うんです。
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僕が初めて松井さんを見たのは、
取り柄の無さと不器用さがコンプレックスだった子供の頃、
家族でボーリング場へ行った時。
100円入れると好きなミュージシャンのビデオが流れるアレです。
お客さんを煽る氷室さん、
動き回る布袋さん、
満面の笑みの高橋さん、
そんな「訴求力」の高いお三方の中でただ一人、
直立不動で「何もしてない人」がいた。
「ただつっ立ってるだけなら俺にでも出来るんじゃねぇか?」
そんな感違いをきっかけとし、
僕はその年のお年玉を使って2万円の通販ベースを購入します。
初めて買った楽譜は勿論ボーイ。
初挑戦したのは「Dreamin」。
左手がほとんど動かない曲だった。
ダウンピッキングの存在すら知らなかった当時の僕は、
下っ手くそなオルタネイトでDreaminが弾けた気になった。
「ベースって簡単じゃん」
この、「つっ立ってるだけの簡単な作業」という感違いから、
かれこれ僕はベースという楽器を弾き続けて来年で24年目に突入します。
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